1989年、日本の技術で最初の太平洋横断「光海底ケーブル」を実現。その後、世界中の海域の光海底ケーブル敷設建設事業も手がけ、今日のグローバル情報社会のベースを築く。NHK『プロジェクトX』「太平洋1万キロ 決死の海底ケーブル」で紹介された。 ▲ページのTopへ
FIFAワールドカップ決勝戦会場だった「横浜国際総合競技場」を設計し、その建設事業の推進と設計監理に関する業績で建築業協会賞特別賞・日本建築学会賞業績部門を受賞。また、昨年12月に開業した東京国際空港(羽田)「第2旅客ターミナルビル」を設計する。 ▲ページのTopへ
日本鉄道建設公団を経て、本州四国連絡橋公団へ。「瀬戸大橋」に鉄道を通すため、数々の困難な技術的課題の克服にあたり、最初から最後まで担当。その苦闘はNHK『プロジェクトX』「男たちの不屈ドラマ 瀬戸大橋−世紀の難工事に挑む−」で紹介された。 ▲ページのTopへ
日産自動車に入社して、長らくパワートレイン、シャーシ等の設計に携わった後、商品本部へ。商品企画のリーダーとして大ヒットした「セフィーロ」や「マキシマ」の商品企画を担当。そのヒット商品づくりの考え方や手法は同社の模範となる。 ▲ページのTopへ
JR西日本において最高速度300km/hを出す「新幹線500系車両」の開発リーダーを務め、その功績によって科学技術庁長官賞を受賞。また、福岡の6両編成の地下鉄に、日本で初めて自動運転と列車運行システムを組み込み、ワンマン運転化を実現する。 ▲ページのTopへ
日本無線医理学研究所において「高速超音波診断装置」の開発に従事。ICを用いた電子走査法を考案し、現在普及している超音波診断装置の基本を作る。 その開発経緯はNHK『プロジェクトX』「創意は無限なり―超音波診断機エコー―」で紹介された。 ▲ページのTopへ
マツダ株式会社で、30余年にわたり新型車の開発に従事。初代「ユーノスロードスター」の開発を手がけ、その後北米向け小型トラックの総責任者となる。またNHK『プロジェクトX』「ルマンを制覇せよ−ロータリーエンジン 奇跡の逆転劇−」の企画など技術広報も手がける。 ▲ページのTopへ
日本鉄道建設公団において、本州と北海道を結ぶ「青函トンネル」の難工事に携わる。水の克服が重要課題となり、数多くの難工事を乗り越える。工事の様子は、NHK『プロジェクトX』「青函トンネル 友の死を越えて−24年の大工事−」で紹介された。 ▲ページのTopへ
学生時代、世界的な注目を集めた水素自動車武蔵1号・2号の開発に携わる。トヨタでは、数々の「新エンジン」開発を担当、多くの技術開発賞を支える。レースエンジンの開発でも、インディー(米国)で初優勝。現在、トヨタ・ハイブリッド開発の陣頭指揮を取る。 ▲ページのTopへ
関東平野の外周部に沿って建設されている世界最高級電圧の「送電線」(100万V設計、50万V運用)の設計を担当し、数々の難題をクリア。その過酷な条件での建設作業はNHK『プロジェクトX』「100万ボルトの送電線 決死の空中戦に挑む」で紹介された。