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トピックス詳細(プレスリリース)
東京都市大学
IoT未来社会の実現に大きく寄与する
高速、超低消費電力な光配線を実現するための
ゲルマニウム発光素子を開発
東京都市大学総合研究所ナノエレクトロニクス研究センター(東京都世田谷区)の徐(しゅ) 学(しゅえ)俊(じゅん)講師(応用光学・量子光工学)ら研究チームは、高速、超低消費電力な光配線を実現するために、シリコン基板上に、線幅が極めて狭くレーザー(レーザー光線を発するデバイス)に近い特性を持つゲルマニウム発光素子を開発しました。
本研究成果は、9月9日にフランス・モントピリアにて開催された国際会議19th International Conference on Molecular-Beam Epitaxy (MBE 2016)にLate Newsとして発表しました。
本研究のポイント
○データセンター、サーバー、半導体チップ間の信号伝送を光配線に置き換えるため、シリコン(Si)基板上にレーザーに近い、高反射分布ブラッグ反射鏡 (DBR: distributed Bragg reflector ※1) を有するゲルマニウム (Ge) マイクロディスク (Microdisk) 発光素子を開発しました
○この発光素子では、通信波長帯に共振Q値(※2)が450を超える極めて狭い発光スペクトル、かつ、従来のデバイスと比べて10倍以上の発光強度増強が得られました
○本構造では、極低損失微小共振器を実現でき、レーザー発振(光が増幅され、強度が高まること)のための励起エネルギーを低減することができ、Si基板上での低閾値、高効率Geレーザーの実現が有望です
開発の概要
最近盛んに取り上げられるクラウドコンピューティング、ビッグデータ、IoT (Internet of Things)では、巨大容量のデータが伝送されるため、データセンター、サーバー、半導体チップ間の信号伝送には、高速化、低消費電力化がますます求められています。しかし、電流による金属配線の信号伝送では微細化に伴う遅延と発熱により、さらなる機能向上の実現は困難な状況にあります。そこで、信号伝送を電流から光に置き換える光配線がこれらの課題を解決できる有望な技術として期待されています。一方で、光配線の光源となるレーザーの作製は困難であり、実用化につながる革新的な成果はまだありません。
今回徐講師らの研究チームは、レーザー作製を目指して、高品質、高濃度n型ドーピング絶縁膜上の歪みGe (GOI: Ge-on-Insulator) を用い、高反射DBRを有するGeマイクロディスク構造発光素子(図1)を開発しました。GOI基板は、高品質歪みGe薄膜をSi基板上に結晶成長させ、これを絶縁膜上に貼り合わせた上で、ウェットエッチング(※3)によって上部層 (Si基板) を取り除き作製しました。さらに、n 型ドーパント不純物を高濃度にドーピングする塗布拡散プロセス(※4)を用いて9×1019 cm-3 レベルのリン高濃度ドーピングを行い、その後電子ビーム描画(※5)とドライエッチング(※6)を用いて、半径数ミクロンの円型マイクロディスクの周りに周囲が200nmから400nm程度のリング状DBRを作製しました。その結果、フォトルミネッセンス(PL: Photoluminescence ※7) 測定により、従来のDBR構造がないデバイスと比べて、通信波長帯にQ値が2倍以上の450を超える極めて先鋭な発光スペクトル、コントラストの極めて高い共振ピーク、かつ10倍以上発光強度を増強できました(図2)。
これによりレーザー発振に必要な利得を大幅に低減でき、低閾値、高効率Geレーザーの実現に有望な構造を作製、確認できました。
図1 分布ブラッグ反射鏡(DBR)を有するGeマイクロディスク発光素子の電子顕微鏡写真
図2 Geマイクロディスクの発光スペクトル
左:従来のDBR構造がないデバイス 右:DBR構造を有するデバイス
研究の背景
光ファイバーを利用する光通信では、巨大容量のデータを高速で伝送することが可能であり、長距離伝送の基本となっています。
しかし、光ファイバーに送り込む光信号は、高価な化合物半導体を用いた光デバイスで生成されており、ローコストが求められる光配線(データセンター、サーバー、半導体チップ間の短距離的信号伝達)には適用できません。そこで半導体集積回路プロセスにより、高速電子デバイスと高性能光デバイスを同一のSi基板上に製造することは、巨大容量データの高速伝送を可能にする最も重要なブレークスルーとなります。
光配線を実現するためには、以下の基本的な光素子が不可欠です。(図3)
● レーザー:光信号の光源
●光変調器:電気信号を光信号へ変換するデバイス
● 波長合波器・分波器:波長分割多重通信(※8)技術を使うために、異なる波長の光信号を結合・分離するデバイス
● 光導波路:光信号を伝導するデバイス
●光検出器:光信号から電気信号に戻すデバイス
これらの光素子中で、レーザーは唯一実現されてないデバイスです。その理由はSiが、間接遷移型半導体(※9)で、発光効率が極めて低いことにあります。この問題を解決するため、新規材料としてGeが注目されています。Geは、引っ張り結晶歪みを加え、かつ高濃度n型ドーピングすることにより、レーザーの実現に不可欠な直接遷移型半導体(※10)へ変化することが出来ます。しかし、これまで実現されたGeレーザーでは、レーザー発振の閾値(※11)が非常に高くかつ発光効率が極めて低いため、実用性が十分ではありません。
図3 Si基板上光配線
レーザー発振には、利得媒質と光共振器の二つが必須となります。最も使われている共振器の構造は、活性層(発光層)を両端面の反射鏡(ミラー)で挟んだファブリ・ペロー(FP: Fabry-Perot)共振器です。両端面の反射鏡は、半導体基板の劈(へき)開面(かいめん)またはドライエッチングした界面から作り、一般的に反射率は10~30%程度と低い値となります。このため、活性層からの多くの光は、利得をもつ活性層を経由せず端面から透過し損失するので、レーザー発振に必要な利得が大きくなり、発光効率を上げることが難しくなります
高反射率ミラーを実現するために、グレーティング周期構造を持つDBRは一番有望となります。ブラッグ条件(※12)より、グレーティング周期や屈折率のコントラストなどによって、Geの発光波長付近で100%に近い反射率を達成することが出来ます。なお、本チームではドライエッチングした界面に代わり高反射率DBR構造を提案、適用し、発光ピークの大幅な先鋭化と発光強度の大幅な増大を確認し、本手法の有効性を実証しました。
応用と課題
低閾値、高効率なGeレーザーの開発は、Si基板上に光配線を実現するための最後の課題です。本手法では、これまでに開発を進めてきたGe レーザーのプロトタイプデバイスの閾値低減と発光効率向上を達成し、Geレーザーの実用化に向けた更なる進展をすることができました。今後、全ての光学素子と電子素子がSi基板上に安価に集積化されると、高速かつ大容量な光配線の実現に直結する非常に有望な技術へと発展し、全ての機器に先端デバイスシステムが使われるIoT未来社会の実現に大きく寄与できると期待しています。
今後の予定としては、1年程度で光励起Geレーザー発振を実証し、2年程度で電流注入Geレーザーの開発と性能向上をすすめ、さらに5年程度で他の光デバイスを同一Si基板上に組み込んだ光配線実証システムの開発を目指しています。
用語解説
※1分布ブラッグ反射鏡:半導体レーザーといった発光デバイスにおいて発光領域の外側にλ/2n (λ: 真空中における波長、n: 媒質の屈折率)を周期とする回折格子を設け、波長λの光を選択的に反射させる反射器のことを言う。
※2共振Q値:Quality FactorのQをとって、Q値と呼ばれる。これは、共振器に光閉じ込めの鋭さを表す値。Q値が大きいほどスペクトル上は共振スペクトルが狭く、光共振器の損失はより小さいことを示す。
※3ウェットエッチング:目的とする金属や半導体等を腐食溶解する性質を持つ液体の薬品を使ったエッチング。Siをエッチングするために使ってる薬品はKOHなどである。
※4塗布拡散プロセス:液状不純物拡散源をスピンコータで半導体基板表面に塗布して、不純物を半導体中に熱拡散させること。
※5電子ビーム描画:電子銃から発せられた電子線を電子レンズやアパーチャー、デフレクタなどを通し、ステージを微細に制御しながら半導体ウェハーにパターンを露光する。数十nm~数nmまでの微細なパターン描画が可能である。
※6ドライエッチング:反応性の気体(エッチングガス)やイオン、ラジカルによって材料をエッチングする方法である。
※7フォトルミネッセンス:物質が光を吸収した後、光を再放出する過程のこと。半導体の発光性能の評価手法の一つである。
※8波長分割多重通信:一本の光ファイバーケーブルに複数の異なる波長の光信号を同時に乗せることによる、高速かつ大容量の情報通信手段である。
※9間接遷移型半導体:波数空間において、バンド構造上、伝導帯の底と価電子帯の頂上が同一の波数ベクトルの点に存在しない半導体。伝導帯の下端にいる電子は、価電子帯の上端にいる正孔と運動量のやり取りなしに再結合することはできず、発光効率が低い。代表的な半導体はシリコン、ゲルマニウムであります。
※10直接遷移型半導体:波数空間において、バンド構造上、伝導帯の底と価電子帯の頂上が同一の波数ベクトルの点に存在する半導体。伝導帯の下端にいる電子は、価電子帯の上端にいる正孔と運動量のやり取りなしに再結合することができ、発光効率が高い。代表的な半導体はヒ化ガリウムであり、発光ダイオードやレーザーダイオードに利用されている。
※11レーザー発振の閾値:レーザー発振可能な最小励起光パワーまたは電流
※12ブラッグ条件:周期格子(グレーティング)の各格子面からの反射波が強め合う条件を指し、格子面と入射波のなす角度をθ、入射波の波長をλ、格子面の間隔をd、nを正の整数とすると、2d sin θ=n λという関係式が成り立つ。
研究チーム
徐 学俊 東京都市大学総合研究所ナノエレクトロニクス研究センター 講師
澤野 憲太郎 東京都市大学総合研究所ナノエレクトロニクス研究センター 教授
丸泉 琢也 東京都市大学総合研究所ナノエレクトロニクス研究センター 教授