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トピックス詳細(プレスリリース)
東京都市大学
日本初、オフィスにおける外気温と室内快適温の適応モデルを開発
~省エネと快適性の両立をめざし、オフィスビルの温熱環境と快適感を調査~
東京都市大学(東京都世田谷区、学長:三木 千壽)環境学部環境創生学科 リジャル ホム・バハドゥル教授ら研究チームは、オフィスにおける冷暖房などのエネルギー消費量削減を目指し、東京・横浜のオフィスビル11棟を対象とした、温熱環境(※1)の実測 と 社員の快適感 の調査を行いました。これにより、季節ごとの快適温度(※2)を明らかにし、快適温度と外気温度の関係から適応モデル(※3)を開発しました。
なお、本研究は英国の研究ジャーナルBuilding Research & Information(2017年2月22日付)に掲載されました。
ポイント
-
オフィスにおける平均快適温度は年間を通して大差なく、社員は温熱環境に満足している。
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人はその環境に対する適応能力により、外気温度に応じて室内快適温度を変化させることができるため、
エアコンの設定温度を控えめにすることで、エネルギー消費量を削減できる可能性がある。
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外気温度から室内快適温度を予測し、初めて日本のオフィスにおける適応モデルを開発した。
概要
快適温度に関するフィールド研究(※4)は、海外で数多く行われていますが、日本では発展段階にあり、研究は多くありません。特に熱的快適性(※5)に関する基準がなく、莫大なエネルギーが消費されています。建物の使用エネルギーとその化石燃料使用量を考慮し、環境省では、冷暖房を冬20℃、夏28℃に設定することを推奨していますが、フィールド研究に基づいた検証は行われていません。実際のオフィスビルで社員がどのように適応し、快適に感じているかについて検証する必要があります。オフィスの快適性や作業効率を高めるため、快適温度を明らかにし、その温度に近づくよう調整すれば、冷暖房等のエネルギー消費量削減に役立つと考えられます。
本研究では、東京と横浜のオフィスビルにおいて、以下のとおり、温熱環境の実測と、社員の快適感調査を行いました。(フィールド研究)そのデータをもとに、季節ごとの快適温度を明らかにし、快適温度と外気温度(自然環境)の関係から適応モデルを開発しました。
【調査内容】
場所:オフィスビル11棟(表1、東京:7棟、横浜:4棟)
人数:約1,350人
期間:2014年8月~2015年9月
有効回答数:4,660件
方法:
・実測調査は回答時に計器を持ち込んで測定する移動測定を行いました(図1・2)。
・社員の性別や年齢、冷暖房の好み、体質(暑がり、寒がり)等の基本事項、着衣量、活動量、回答記入時の寒暑感(表2:体感や心理状態)を尋ねました。
・フィールド調査は月に1度、執務中に訪問し、対象者の日常的な環境で行いました。
・温熱環境との関係を知るため、室温、相対湿度、グローブ温度(※6)、風速、表面温度を測定しました。
・寒暑感とグローブ温度の関係から快適温度を求めました。
【結果と考察】
・オフィスの平均快適温度(標準偏差)は冷暖房非使用時で25.0℃(1.7℃)、冷房使用時で25.4℃(1.5℃)、暖房使用時で24.3℃(1.6℃)であり、大差はありません(図3)。寒暑感尺度(表2)では、「3. 少し寒い」「4.中立」「5.少し暑い」を快適範囲と定義しており、これらの尺度を回答した人の80%が実際に快適だと感じます(図4:約19.5~29.5℃)。調査で最も多く回答されたのは「4.どちらでもない」(暑くも寒くもない)と、社員はオフィスの温度に満足していますが、快適温度とグローブ温度の関係(図5)から、外気の温度に応じて快適温度を定めても、人は自ずと環境に適応するため、快適に感じることができ、エネルギー消費量を削減できる可能性があります。
・冷暖房非使用時における快適温度と外気温度の相関関係は高く、外気温度の変動に応じて快適温度も変動します。そこで、外気温度から室内の快適温度を予測し、日本初となるオフィスにおける適応モデル(図6)を開発しました。
表1 調査した建物と調査の情報
(a)測定機器
(b)回答者、調査員と測定機器
(c)回答者と測定機器
(d)回答者と測定機器
図1. 実測機器と調査風景
図2. 快適感調査手順
表2 使用した寒暑感の尺度
図3. 各モードの快適温度
図4. 快適範囲の割合(寒暑感尺度3. 少し寒い、
4.中立と5.少し暑い)とグローブ温度の関係
図5. 快適温度とグローブ温度の関係
図6. 適応モデルの提案(快適温度と外気温度の関係)
背景
人はある温熱環境に対し不快に感じるような変化が起こると、快適性を取り戻そうと行動する傾向があり、自ずと環境に合わせて調整の上、適応しています。適応能力は、冷暖房等機器の使用を削減する可能性があり、期待が高まっています。
海外では、1978年 人の適応能力を生かし、外気温度に合わせた室内温度設定とする適応モデルが、適応的快適性の第一人者である英国オックスフォード・ブルックス大学のハンフリーズ教授(本研究チームの一人)により提案されました。以後、欧米などのオフィスビルでは、熱的快適性のフィールド研究による大規模なデータベースに基づいた適応モデル(※7)が、建築設計・評価に生かされています。これらにより、中間期といった外気温度が快適な時に、窓開放等の自然換気を利用して室内を快適に保ち、エネルギー消費量を減らすことができます。適応モデルの基準作成の試みは中国やインドにも広まっていますが、日本ではフィールド研究が非常に少ないため、大きく立ち遅れています。
日本は、高温多湿気候と生活習慣が異なるため、独自に大規模なデータベースを作成し、適応モデルを提案する必要があります。また、多くのオフィスビルは窓を開放できないことから、空調を利用して調整し、膨大なエネルギーを消費しています。本来、快適性が季節(外気温度や服装)に応じて変動するにも関わらず、一年中、空調機器を利用して一定の環境を保とうとする建物設計方法にも問題があります。
応用と課題
都市温暖化や省エネルギーが課題になっている中で、適応モデルは熱的快適性を実現する上で重要であるだけでなく、基準を作成すればエネルギー消費量の削減や環境負荷低減にも有効です。特に、COP21(パリ協定)における日本の温室効果ガス削減目標は、業務・オフィス部門で39.7%と本研究の必要性は非常に高いものです。フィールド研究に基づいた適応モデルは、以下のように貢献できます。
対象 |
内容 |
建築の専門家 |
建物設計 |
自治体 |
オフィスビルの自然換気や冷暖房設定温度に関するガイドライン作成 |
建物主 |
人々の感覚や行動に基づいた温度設定 |
居住者 |
快適な空間で作業できる |
教育・研究機関 |
教材や研究利用。本成果は東南アジアのような高温多湿気候での温度設定に応用できる可能性がある |
研究チーム
・リジャル ホム・バハドゥル 東京都市大学環境学部 教授
・Michael A. Humphreys Oxford Brookes University名誉教授
・J. Fergus Nicol Oxford Brookes University名誉教授
用語解説
(※1)温熱環境:室温、表面温度、相対湿度、風速などの物理環境
(※2)快適温度:人々が各地域の気候風土に適応し、様々な日常生活において温熱環境に対して体が生理的・心理的に快適に感じる温度、つまり暑くも寒くもない過ごし易い温度。快適温度は快適に感じる(感覚)、病気を避ける(健康)、作業効率を高める(生産性)、エネルギーを節約する(資源)、お金を節約する(経済)などの観点から重要であり、その実態を解明する必要がある
(※3)適応モデル:外気温度を用いて室内快適温度を計算するモデル
(※4)フィールド研究:実際に働いているオフィス、暮らしている住宅で温度、湿度などを測ったり、人々の暑さ寒さについて聞いたりする研究
(※5)熱的快適性:熱的環境に満足を表す心理状態。暑くも寒くもない感覚
(※6)グローブ温度:黒体の球(図1(a)の写真:グローブ温度計)を用いて測られる温度。グローブ温度は気温・気流・放射熱によって変化するため、体感温度に近い温度になる
(※7)欧米の適応モデル事例:ASHRAE-55-2004基準(米国暖房冷凍空調学会)、CEN-15251-基準(欧州標準化委員会)いずれも日本のデータは含まれていない