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トピックス詳細(プレスリリース)
東京都市大学
東京都市大学(東京都世田谷区、学長:三木 千壽)情報工学部 情報科学科の向井 信彦教授は、心臓内における左心室と大動脈の圧力変化をシミュレーションできる技術を開発し、その成果を2020年12月4日~13日にオンラインで開催された国際会議SIGGRAPH ASIA2020 VIRTUALにて発表しました。
人間の心臓内における左心室と人体で最も太い血管である大動脈の間に位置する大動脈弁の働きは大変重要で、同弁が機能しなくなる「大動脈弁膜症」が進行すると、血管内の断面積が小さくなって血流が減少したり、血液が大動脈から心臓へ逆流したりするなど、生死に関わる重大事象が引き起こされます。
今回開発したシミュレーション技術は、生体弁を修復する弁形成手術を対象としていることが特徴で、実心臓から構築した標準モデルを用いて解析し、心臓内の圧力変化をシミュレーションしました。今後は、患者個々人の実心臓データからモデルを構築し、症例に応じたシミュレーションを行うことで、大動脈弁の負荷を最小に抑える手術法を提案できるようになることが期待されます。
本研究のポイント
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左心室と大動脈の圧力変化をシミュレーション
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血流と大動脈弁の開閉動作を可視化
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心臓の実データを基に構築したモデルによる手術負荷の最小化に期待
概要
東京都市大学 情報工学部 情報科学科 向井 信彦教授は、心臓の中で血液を全身に送り出す左心室と左心室から送り出された血液が通過する人体で最も太い血管である大動脈の圧力変化をコンピュータ上でシミュレーションし、圧力変化を可視化するシステムを開発しました。このシステムでは、左心室から大動脈への血液の流れと共に、大動脈弁の開閉動作を可視化しながら、左心室および大動脈における圧力変化の様子を観察することができます。
左心室内における血液と大動脈との相互作用問題は、流体と弾性体との相互作用問題に帰着します。このため通常では、流体の解析には流体の支配方程式であるナビエ・ストークスの方程式(※1)を、弾性体の解析には弾性体の変形を解析できる有限要素法(※2)を用います。しかしながら、ナビエ・ストークスの方程式と有限要素法とは解析方法が異なるため、流体と弾性体との相互作用は各方程式を別々に解いた後、各解析結果を統合する必要がありました。そこで本研究では、ナビエ・ストークスの方程式の基になる連続体の運動方程式であるコーシーの運動方程式(※3)から連続体である流体と弾性体に対応する支配方程式を導き、解析に用いました。特に、流体と弾性体で応力と歪みの関係式が異なるため、物性に依存した構成方程式を導入することで、同じコーシーの運動方程式から連続体ではあるが、特性の異なる流体と弾性体に特化した支配方程式を導きました。流体と弾性体とで別々の支配方程式を用いますが、元は同じコーシーの運動方程式であるため、方程式の親和性は良く、2つの方程式と統合して解くことができます。
また、流体や弾性体のような連続体を解析するためには、物質を細かな要素に分割する必要があります。流体には小さな粒子の集合体として記述する粒子法を、また、弾性体には物質を微小領域に分割する有限要素法を適用する手法が一般的ですが、2つの異なる手法を用いると各手法で各物質を解析した後、解析結果を統合する必要があります。このため、本研究では流体と弾性体共に粒子法を適用することで、2つの物質の挙動を同一の手法で解析しています。
さらに、大動脈弁の解析は人工的な円筒モデルを用いたシミュレーションが多く、また、大動脈弁の手術も人工的に作成された人工弁の置換手術を対象としている研究が主流ですが、本研究では実心臓のX線CTデータを基にしてシミュレーションモデルを構築しているため、一般に行われている生体弁から人工弁の置換手術ではなく、生体弁の修復を目的とした弁形成術のシミュレーションが可能となります。
今回の成果は、2020年12月4日~13日にオンラインにて開催された、コンピュータグラフィックスにおける世界最大かつ最高峰の学会であるSIGGRAPHのアジア太平洋版(SIGGRAPH ASIA2020 VIRTUAL)にてポスター発表をしました。
https://sa2020.siggraph.org/en/
なお、本研究は科研費の助成を受けて開発したものです。
研究の背景
人間の全身に新鮮な血液を送出するためには、心臓内にある左心室と人体で最も太い血管である大動脈の間に位置する大動脈弁の働きが重要です。大動脈弁が正しく開口することで左心室から大動脈へ血液が流れると同時に、大動脈弁が正しく閉口することで抹消血管から反射で戻ってきた血液が左心室へ逆流することを防いでいます。つまり、大動脈弁が正しく開閉しなければ、血液は正常に心臓から全身へと流れません。大動脈弁が機能不全となる病気は大動脈弁膜症(※4)と呼ばれ、手術が必要になります。手術には主に機能不全となった大動脈弁を人工弁と置換する大動脈弁置換術(※5)と生体弁である大動脈弁を修復する大動脈弁形成術(※6)があります。大動脈弁形成術の難易度は高いが、術後におけるケア(薬の服用や怪我における止血の問題など)を考慮すると、患者にとっては良い手術方法であるため、大動脈弁形成術の術前計画が行える環境を構築することが重要であり、このために、左心室と大動脈の圧力変化シミュレーションを行っています。
研究の社会的貢献および今後の展開
現状では実心臓から構築した標準的なモデルを用いたシミュレーションですが、手術を受ける患者個々人の実心臓データから構築するモデルを用いることで、個々人の症例に応じた高精度なシミュレーションを行うことができます。特に、大動脈弁は通常三尖弁ですが、二尖弁の患者もおられることから、様々な尖弁に対するシミュレーションを行い、弁にかかる圧力を測定することにより、弁閉鎖時における弁の負荷を最小に抑える手術手法を提案できます。また、左心室の収縮や弛緩を考慮することで、より精度の高いシミュレーションを行うことができます。
用語解説
※1 ナビエ・ストークスの方程式:
コーシーの運動方程式を基に導出された流体の運動を記述する基本方程式。
※2 有限要素法:
対象物体を有限個の要素(小領域)に分割し、各要素において方程式を解くことで物体全体の変形を近似する解析手法。これに対し、対象物体を小さな粒子の集合として考え、方程式を解くことで粒子の挙動を解析する手法を「粒子法」という。有限要素法は物体の分断など位相が変化すると要素分割の再構成が必要となる。これに対し、粒子法は物体の分断など位相の変化で計算方法は変化しないが、粒子が接近し過ぎると圧力が高くなり、粒子が飛び散るために解析時間を短くする必要がある。
※3 コーシーの運動方程式:
連続体における運動を記述する基本方程式。質点に関するニュートンの運動方程式を広がりのある連続体に拡張した式。
※4 大動脈弁膜症:
心臓の中にある左心室と大動脈の間に位置する大動脈弁が機能不全となる病気であり、大動脈弁狭窄症や大動脈弁閉鎖不全症がこの症例に含まれる。手術としては、機能不全となった大動脈弁を人工弁に置き換える大動脈弁置換術と、生体弁を修復する大動脈弁形成術がある。
※5 大動脈弁置換術:
機能不全となった大動脈弁を人工弁と置換する手術である。手術の難易度はあまり高くないが、異物である人工弁を生体に入れるため、血液凝固を抑制する薬の服用が必要となり、薬の服用で怪我をした際の止血に問題が残る。
※6 大動脈弁形成術:
弁の機能が回復するように生体弁を成形する手術である。血液凝固を抑制する薬の服用は不要であり、怪我をした際の止血問題は解消されるが、手術の難易度は高く、術前のコンピュータシミュレーションが必要となる。
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