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トピックス詳細(プレスリリース)
東京都市大学
東京都市大学(東京都世田谷区、学長:三木 千壽)総合研究所 宇宙科学研究センターの髙橋 弘毅教授らは、重力波の観測に影響する突発性雑音を抽出し、分類するためのアルゴリズムを提案・検証しました。
米国・重力波望遠鏡LIGO(ライゴ)による重力波の初検出をきっかけに、近年、銀河や宇宙の成り立ち等の解明に向けた「重力波物理学・天文学」への期待が大きく高まっていますが、重力波の観測では、雷や機器振動などのさまざまな雑音源が原因による突発性雑音を分類する性能の高いシステム構築が求められています。
今回提案・検証した方法は、機械学習の手法「教師なし学習」を応用したアルゴリズムで、突発性雑音の画像から時間と周波数の特性を抽出・分類することで、原因を探る1つの手がかりとなります。また、事前に学習データへラベル(正解)を付与しないため「教師あり学習」に比べ、作業の効率化を図ることができます。さらに、分類における客観性を確保することができ、新たに発生した雑音の分類対応も可能となります。
今後は、さらなる改良のうえ、大型低温重力波望遠鏡KAGRAをはじめとした重力波望遠鏡にも対応できる分類システムを構築し、より優れた望遠鏡の実現と「重力波物理学・天文学」の発展を目指します。なお、これらの研究成果はSpringer Nature社の発行するScientific Reports誌に、2022年6月15日付で掲載されました。
本研究のポイント
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重力波(※1)の観測に問題となる雑音(ノイズ)をAI・機械学習を用いて分類するアルゴリズムを提案・検証
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重力波物理学・天文学のデータ解析にデータサイエンスの技術(AI・機械学習)を応用した複合分野研究の成果
概要
東京都市大学(東京都世田谷区、学長:三木 千壽)総合研究所 宇宙科学研究センターの髙橋 弘毅教授と同大大学院 総合理工学研究科情報専攻 博士後期課程1年 坂井 佑輔氏らは、機械学習における教師なし学習(※2)を応用した重力波望遠鏡における突発性雑音の分類を行うアルゴリズムを提案し検証しました。
突発性雑音を分類する事は、その発生起源や重力波望遠鏡のパフォーマンス向上を探る1つの手がかりになりますが、膨大な作業が必要であると考えられています。提案アルゴリズムを用いることで、分類における客観性の確保、また、新たに発見された突発性雑音の分類への対応が可能であることを示しました。さらに、今後の作業の効率化の実現に向けての可能性を見出しました。今後は、アルゴリズムを改良し、大型低温重力波望遠鏡KAGRA(※3)をはじめとした重力波望遠鏡の突発性雑音を分類するシステムの構築をしていきます。
重力波望遠鏡における観測では、しばしば突発性雑音が発生し、重力波信号に重なる場合は、重力波の源の物理・天文情報(※4)の精度の低減につながります。それ以外にも、重力波の観測にとって様々な悪影響(※5)が突発性雑音によって引き起こされています。第3次観測運転(O3)(※6)の間のアメリカのLIGO望遠鏡の突発性雑音の発生頻度は約毎分1回と報告されています。
突発性雑音は、その原因に起因する様々な時間-周波数特徴を持つと考えられています(図1)。そのため、突発性雑音を分類する事は、その発生起源や、望遠鏡のパフォーマンス向上を探る1つの手がかりであると考えられています。
ノイズの発生原因や時間-周波数の特性画像上において、形状的特徴に関連した全22種類のラベル(名前)(画像上のLow_Frequency_Line, Koi_Fishなど)が付けられています。
突発性雑音を分類するアプローチとして、Gravity Spy project(※7)によるAI・機械学習を利用した突発性雑音の特定があります。図1に示すような全22種類のラベルを付与した突発性雑音のデータセット(※8)を準備し、これらのデータセットを用いた「教師あり学習」による突発性雑音の分類を行っています。一般に、学習のために必要なラベルの付与には、人手による作業など膨大な労力を必要とします。一方「教師なし学習」では、事前に付与するラベルを利用しないため、学習のためのラベルづけ作業の軽減や分類における客観性を確保できる可能性、また、新たな突発性雑音のクラス(種類)への対応が期待できます。そこで、我々は、畳み込み深層ニューラルネットワーク(※9)を用いた教師なし学習に着目し、突発性雑音の分類アルゴリズムを提案・開発しました。そして、提案したアルゴリズムをGravity Spy project により作成されたデータセットに適用し、教師なし分類結果の妥当性とその有効性について検証をしました(図2)。その結果、提案アルゴリズムを用いることで、分類における客観性の確保、また、新たに発見された突発性雑音の分類への対応が可能であることや今後の作業の効率化の見通しを示しました。
研究には本学と学術連携協定を結んでいる東京大学宇宙線研究所や大阪公立大学、韓国国立数理科学研究所、英カーディフ大学、国立天文台、長岡技術科学大学、群馬大学も加わりました。成果はSpringer Nature社の発行するScientific Reports誌に、2022年6月15日付で掲載されました。
分類された全クラスにおける代表画像とその類似画像。例えば、Class(1)と書かれた画像は、分類されたクラス1の画像からランダムに選んだ代表画像です。その右側の画像は代表画像に対応するクラス内での画像であり、同様の特徴を持つ突発性雑音が同じクラスに分類されていることが確認できます。
研究の背景
重力波とは、時空のゆがみを光の速さで伝える波動現象です。その直接観測による重力波物理学・天文学は始まったばかりですが、多くの科学成果が生み出されています。例えば、2015年9月14日にアメリカのLIGOが観測した重力波は、連星ブラックホール(BH)の合体からもたらされました。人類初の重力波観測だけでなく、太陽の30倍の質量を持つBHの発見、連星BHの発見、そして一般相対性理論の実験的なテストなどの多数の成果をもたらしました。また、イタリアのVirgoも観測に加わり、2017年8月17日には連星中性子星の合体による重力波を初めて観測(※10)しました。この時、電磁波による追観測も実施され、分野を横断する成果が得られています。現在までに90を超える重力波が観測されています。
重力波を用いた物理学・天文学は幕開けしたばかりですが、さらなる科学的成果を挙げていくためには、望遠鏡の性能を高めていくことが重要です。より優れた望遠鏡を実現するための1つの「カギ」が突発雑音の分類と発生源の探索とその除去になります。一方で、突発雑音の分類作業の負荷が大きいことが予想されるため、本研究においてAI・機械学習の導入を検討しました。
研究の社会的貢献および今後の展開
今回提案するアルゴリズムを用いた突発性雑音を分類するシステムを構築し、大型低温重力波望遠鏡KAGRAをはじめとした重力波望遠鏡に導入することにより、望遠鏡を制御する人々のサポートを行い、より優れた望遠鏡の実現を目指します。また、データサイエンス(AIや機械学習)、さらには情報処理や信号処理の技術を応用した重力波データ解析手法を開発し、重力波物理学・天文学の発展へ貢献します。
雑音の分類は重力波望遠鏡だけではなく、日常の様々なところで応用することが可能です。今後は各分野での利用や共同研究なども進めていきます。
補足
Yusuke Sakai, Yousuke Itoh, Piljong Jung, Keiko Kokeyama, Chihiro Kozakai, Katsuko T. Nakahira, Shoichi Oshino, Yutaka Shikano, Hirotaka Takahashi, Takashi Uchiyama, Gen Ueshima, Tatsuki Washimi, Takahiro Yamamoto, Takaaki Yokozawa, “Unsupervised Learning Architecture of Classifying Transient Noise for Interferometric Gravitational-Wave Detectors”, Scientific Reports, 12, Article number: 9935 (2022)
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-022-13329-4
用語解説
※1 重力波:
アインシュタインの一般相対性理論によって予言された重力による時空のゆがみが光の速さで伝わる現象です。
※2 教師なし学習:
学習用のデータにラベル(正解)を与えないで学習させる手法です。ラベルによる学習基準がないため「教師なし学習」では純粋にデータのみから学習を試みます。反対に「教師あり学習」では、学習用のデータにラベル(正解)を与えて学習させます。教師あり学習では、データに正解のラベルづけをする作業が膨大になる場合もあります。
※3 大型低温重力波望遠鏡KAGRA:
図3に示すように、岐阜県飛騨市神岡の鉱山内にあるL字の1辺の腕の長さが 3km のレーザ干渉計型検出器(望遠鏡)。 KAGRA は坑内(地下)に建設することで地面振動の影響を抑え、また、熱雑音の影響を避けるため鏡とそれを懸架する振り子の低温化を行うという他の望遠鏡にはない特徴を持ちます。LIGOは、アメリカのリビングストンとハンフォードに1辺の腕の長さ 4kmの望遠鏡が複数設置されています。Virgoは、イタリアのピサ郊外に1辺の腕の長さ 3kmの望遠鏡が設置されています。
※4 重力波の源の物理・天文情報:
観測された信号の波形を詳細に解析し、重力波の発生源である星やブラックホールなどの物理量(質量や回転の大きさなど)を推定します。
※5 重力波の観測にとって様々な悪影響:
1. 偽の重力波信号として解析に紛れ込むことで真の重力波信号の有意性を引き下げてしまう
2. 解析不可能なデータとして扱われてしまい有効な観測時間が減少してしまう
3. 大振幅の場合は、望遠鏡の制御を破綻させ運転を止めてしまう
などが挙げられます。
※6 第3次観測運転(O3):
今までに国際共同観測は3回行われています。第1次観測運転(O1)2015/9/12-2016/1/19、第2次観測運転(O2)2016/11/30-2017/8/25、第3次観測運転 2019/4/1-2019/9/30 (O3a)、2019/11/1-2020/3/27 (O3b)です。
※7 Gravity Spy project:
LIGOの望遠鏡の専門家と“volunteer citizen scientists”が協力するクラウドリソースを用いた突発性雑音を解析するプロジェクトです。
※8 全22種類のラベルを付与した突発性雑音のデータセット:
Gravity Spy projectにより、突発性雑音の特徴や原因と関連づけられた22種類のラベルとその対応する画像をデータセットとして記録しています。
※9 畳み込み深層ニューラルネットワークを用いた手法:
提案する畳み込み深層ニューラルネットワークを用いた手法では、大きく2つのプロセス(特徴量学習と分類)から構成しています。特徴量学習のプロセスでは、変分オートエンコーダ(Variational Autoencoder)という手法を用いて、突発性雑音の時間-周波数特徴の画像からその特徴量を抽出します。分類のプロセスでは、不変情報クラスタリング(Invariant Information Clustering)という手法を使い、抽出した特徴量を用いて突発性雑音の画像を分類しています。
※10 連星中性子星の合体による重力波を初めて観測:
LIGO(アメリカ リビングストンおよびハンフォードにある望遠鏡)に加えて、Virgo(ヨーロッパイタリアにある望遠鏡)も観測に参加していたことで、重力波がどこからやってきたのかをある程度絞り込むことができました。そのため、重力波望遠鏡だけでなく、電磁波(可視光、電波、赤外線、紫外線、X線、ガンマ線)を使った望遠鏡により、この重力波源の追観測が行われ、ショートガンマ線バーストの起源、元素合成によるキロノヴァの観測などの成果が報告されています。
共同研究者
伊藤洋介(大阪公立大学)、Piljong Jung(韓国国立数理科学研究所)、苔山圭以子(英カーディフ大学)、小坂井千紘(国立天文台)、 中平勝子(長岡技術科学大学)、押野翔一(東京大学宇宙線研究所)、鹿野豊(群馬大学)、内山隆(東京大学宇宙線研究所)、上島元(長岡技術科学大学)、鷲見貴生(国立天文台)、山本尚弘(東京大学宇宙線研究所)、横澤孝章(東京大学宇宙線研究所)
<取材申し込み先>
学長室(広報担当)(E-mail:toshidai-pr@tcu.ac.jp)