実践的な学びでダイレクトに養う環境リテラシー

企業とタッグを組み、社会のニーズに応える

地球規模の気候変動が深刻な問題となり、持続可能な社会への関心が高まっている。企業がビジネスを行ううえでは、環境に対する負荷という観点が欠かせない。こうした中で今、熱い視線が注がれているのが、東京都市大学 環境学部のライフサイクルアセスメント(Life Cycle Assessment=LCA)研究だ。LCAとは何か、なぜ数多くの企業が注目するのか。同大学における学びとともに、環境学部教授で同大大学院環境情報学研究科長の伊坪徳宏氏に話を聞いた。

「環境に優しい」を科学的に測定

 敷地の約3割を保全林が占める東京都市大学 横浜キャンパス。環境学部 伊坪研究室は、エコ・キャンパスとも呼ばれるこの構内にある。
「私の研究テーマである環境経営とは、どう経営の舵取りをすれば環境への影響を削減しながら社会をいい方向に導いていけるか追究するもの。それには『環境に優しい』という情緒的な話ではなく、信頼性と精度の高い情報を活用した科学的なアプローチが重要です。そこで活躍するのがLCAです」

 そう話すのは、東京都市大学大学院 環境情報学研究科長の伊坪徳宏教授。LCA(Life Cycle Assessment)とは、ある製品やサービスが環境にどう影響しているかを定量的・科学的に分析するもので、伊坪教授はこの分野のトップランナーの1人だ。

 LCAには2つの大きな特徴がある。1つは、ある製品の原材料の採取から生産、流通、使用、廃棄やリサイクルまで、製品のライフサイクル全体の環境負荷を明らかにできること。もう1つは、あらゆる製品やサービスを測定できることだ。

「例えば、電気自動車は排ガスが出ないため使用段階での環境負荷は低いですが、製造段階では新たにニッケルやコバルトを採掘・精錬して海外から運ぶ必要があり、通常よりもCO2の排出量が増えます。では結局、トータルで電気自動車は環境負荷を削減できているのか? LCAでは国際規格ISO14040にのっとって、こうした製品のライフサイクルを包括的に評価します」

 近年、企業には環境・社会に対する貢献や、ガバナンスが求められており、投資の指標にもなっている。そこで、自社の製品やサービスの環境負荷をLCAで測定するニーズが増えているのだ。

環境負荷を下げる案を学生が提示

 伊坪教授が率いる伊坪研究室には企業や自治体、スタートアップなど、さまざまな団体からLCAに関する依頼や相談があるという。

「まずは先方に、原料の採取や製造で排出される環境負荷量を算出するための基礎データを収集してもらいます。私たちはそのデータを基に環境負荷を評価し、さらに負荷を下げるためのヒントや判断材料も提供します」

 企業との共同研究も行っている。その代表例が、空調メーカーのダイキンとの研究だ。評価対象には空調の普及率が低い新興国が選ばれ、エネルギー効率の悪い現地製品に代わる商品の開発につなげていく。
「国の再エネ導入が進んでいない地域でも、企業や消費者が主体となり環境問題に取り組むことができます。例えば空調の環境負荷には、使用時のCO2排出や廃棄時のフロン排出があります。熱中症予防など人々の健康にもたらされる効果とのバランスを取りつつ、空調のライフサイクル全体を通した環境負荷を評価することで、より負荷を下げる商品の提案につなげています」

 伊坪研究室ではほかにも、東京マラソン(※1)の大会におけるCO2排出量の測定や、サッカークラブ・ヴァンフォーレ甲府(※2)と共同でスポーツチームの活動における環境負荷評価なども手がけている。さまざまな研究を通じて、学部生はリアルな環境経営を学ぶことができるという。

「食品を対象とした分析を行う場合、学部生は生産農家や食品加工会社と連携し、まず栽培や収穫、加工などに関する基礎データの聞き取り調査を行います。そして、これらのデータを基に専門のソフトウェアを駆使して環境負荷を評価していきます。LCAの評価方法や環境負荷の削減について学びつつ、農作物や製品のサプライチェーンを俯瞰する目を養うのです。こうした観点はどの分野でも必要ですから、就職後も大いに役立つでしょう」

 一方、大学院生はメーカーやスタートアップ、自治体などさまざまなリサーチパートナーとタッグを組んで研究を行っている。
「パートナーの基礎データから環境負荷を計算し、その数値を基に効率よく環境負荷を下げる方法を提案します。企業はビジネスモデルを見直して普及戦略を立てることができますし、大学院生は『何のための研究か』や『自分の研究が社会のニーズに生かされること』を実感し、大きく成長します」

事業に欠かせない環境リテラシー

 伊坪研究室には学部の3・4年生と、大学院の学生が所属している。学部生と大学院生でグループを組んで研究活動を行い、自主的な勉強会も実施している。学部生にとっては、大学院生が企業と共に研究する姿も大きな学びになるようだ。また、近年では働きながら学ぶ社会人学生もいるという。
「企業内研修として環境マネジメントを学ぶ機会を社員に提供できる組織はなかなかありません。そのため、環境分野の担当になった方がうちの研究室で学ぶケースが増えました」

 その背景には、社会や環境の変化がある。
「今の時代、あらゆる企業がグローバルサプライチェーンに組み込まれ、異分野と協働したイノベーションを求められています。環境問題は世界共通の課題ですから、科学的アプローチで適切に評価する能力やリーダーシップは大変重宝されます。例えば、海外の工場が温暖化による水害に遭えば、日本のメーカーは部品が届かず事業計画が狂ってしまいます。このように、今後は気候変動をはじめとした環境リスクが企業活動にどう影響するか、将来を見越して経営計画を立てなければなりません。そのため、企業内に環境リテラシーや情報リテラシーを持った人材がいることは極めて重要なのです」
伊坪教授は、大学はこうした世の中の変化に対応する必要があると語る。

「教育機関として最も重要なミッションは、社会が求める人材、社会を牽引することができる人材を輩出することです。とくに今は、複眼的な視点やコミュニケーション能力、発信力を含む総合力が求められる時代。学生には、これらを養う場としてうまく大学を活用してほしいですね」

 ビジネスだけでなく、あらゆる社会活動で必要となる環境への配慮。伊坪研究室をはじめ、東京都市大学環境学部の学びで環境リテラシーを身に付けた人材は、今後さらに活躍の場を広げるはずだ。

参考資料
※1 伊坪徳宏他 2009「ライフサイクル思考に基づく国際マラソン大会の環境負荷」『日本LCA学会誌』5巻4号 p510-520
https://www.jstage.jst.go.jp/article/lca/5/4/5_510/_article/-char/ja/

※2安倍孝明、伊坪徳宏他「スポーツ団体を対象とした環境評価の枠組み構築と活用」2020年3月第15回日本LCA学会で発表
https://www.comm.tcu.ac.jp/itsubo-lab/research/results/files/graduate/summary2019-01.pdf

  • 週刊東洋経済 2022年4月4日 掲載広告 
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