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トピックス詳細(プレスリリース)
国立大学法人筑波大学
学校法人五島育英会東京都市大学
群馬県水産試験場
東日本大震災(2011年3月11日)に伴い発生した東京電力福島第一原子力発電所事故では、放射性物質が環境中に拡散しました。福島第一原発から約190 km離れた群馬県中央部の赤城大沼でも、ワカサギの放射性セシウム濃度(Cs-134+Cs-137)が、当時の暫定規制値500 Bq/kgを超えました。その後、赤城大沼のワカサギの放射性セシウム濃度は食品基準値の100 Bq/kgを大きく下回るまでになりましたが、この状態が長期的に続くことを科学的に予測することは、風評被害拡大防止の観点から重要です。
しかし、事故から何十年間にも及ぶ長期間の放射性Cs-137濃度の変化を、詳細にコンピュータシミュレーションすることは簡単ではありません。そこで本研究では、数理モデル(数学を応用したモデル)による予測を行いました。まず湖水中のCs-137濃度を予測する数理モデルを作りました。その際、これまで測定された湖水とワカサギのCs-137濃度の傾向から、湖水中のCs-137が通常よりもゆっくりと湖水中を拡散していくと仮定しました。また、これまでの研究で湖水のCs-137濃度とワカサギのCs-137濃度には比例関係があることが分かっていたため、数理モデルで導いた赤城大沼のCs-137濃度の予測を基に、事故から1万日先までのワカサギの魚体のCs-137濃度を予測しました。
その結果、ワカサギの放射能は事故後約600日までは急激に減少して100 Bq/kgを下回り、その後は減少が鈍くなるものの、1万日後まで安定的に100 Bq/kgを大きく下回ると予測されました。この結果は、事故後2000日まで行われたモニタリングによる測定値ともよく一致しました。
今後は、湖水の測定を続けてモデルの検証を進めるとともに、モデルを改良することで予測精度の改善を目指していきます。
<研究代表者>
筑波大学システム情報系/アイソトープ環境動態研究センター 羽田野 祐子 教授
筑波大学システム情報系 末富 英一 研究員(研究当時)
東京都市大学原子力研究所 岡田 往子 客員准教授
<研究の背景>
2011年3月11日の東日本大震災に伴い発生した東京電力福島第一原子力発電所事故(福島原発事故)では、放射性物質が環境中に拡散しました。福島第一原発から約190 km離れた群馬県の赤城大沼(前橋市富士見町、面積88ha)でも湖に生息するワカサギの放射性セシウム濃度(Cs-134+Cs-137)が当時の暫定規制値値である500 Bq/kgを超えました。大沼はカルデラ湖であり、周囲を山に囲まれた閉鎖性の強い湖です。関東地方では数少ない氷上ワカサギ釣りの名所となっています。事故によって湖に沈着したCs-137(注2)は半減期(注1)が約30年と長い為、長期的な影響が懸念されてきました。現状では、赤城大沼のワカサギの放射性セシウム濃度は30Bq/kg程度と、食品基準値の100Bq/kgを大幅に下回る低い値を示しています。風評被害を防ぐ観点からも長期的な予測、つまり安定的に基準値を大きく下回るかどうかを予測することは重要です。本研究チームは今回、これまでに測定された湖の水と湖に生息するワカサギのCs-137放射能濃度を基に独自の数理モデルを開発し、従来のコンピュータシミュレーションでは予測が難しい、事故直後から1万日先までの放射能濃度の経時変化の予測を行いました。
<研究内容と成果>
本研究チームは赤城大沼だけでなく、チェルノブイリ事故の影響を受けた閉鎖性の高い湖も含めて、これまで多くの研究者によって測定された湖水のCs-137放射能濃度が時間的にどのように変化しているかについて調査しました。その結果、放射能濃度は事故後に急激に減少しますが、やがて時間の経過と共にゆっくりと減少するようになるという共通の傾向があることが分かりました。
一方で、湖水の計測からだけでは放射能の濃度が将来、どのように変化していくかを定量的に知ることは出来ません。放射能濃度を予測するためには、物理・化学的に詳細なモデルを考え、このモデルを基に数値シミュレーションする方法が考えられます。しかし、このようなコンピュータシミュレーションによる計算は現象の細部が分かる代わりに長期予測が苦手とされています。
本研究では、細部(例えば1㍍メッシュ)の精度は求めず、湖水中のセシウム濃度の代表値を長期にわたって予測することができる方法として数理モデルを開発することにしました。その際、大沼で測定された結果から、湖水中のCs-137粒子は通常よりもゆっくりと拡散していくと仮定して数理モデルを開発しました(参考図参照)。このモデルを用いて赤城大沼やチェルノブイリ事故で汚染された湖水の放射能濃度をどれだけ再現できるかを検証したところ、測定値を良く再現できることが分かりました。
また、これまでの研究で赤城大沼の湖水とワカサギの放射能濃度には強い相関関係があることが分かっていたため、今回開発した数理モデルによる湖水の放射能濃度の予測結果を基に、ワカサギの放射能濃度の変化について事故後1万日に及ぶ長期予測を行いました。その結果、ワカサギのCs-137濃度は事故後約600日までは急激に減少して100 Bq/kgを大きく下回り、やがて放射能濃度の減少のスピードは鈍化するものの、100 Bq/kgを大きく下回ったままで緩やかに減少していくことが予測されました。
<今後の展開>
本研究チームは赤城大沼の湖水のCs-137放射能濃度の測定を今後も継続します。その結果と予測値を比較することで、開発した数理モデルの妥当性を検証していきます。研究チームはこれまで実施されたチェルノブリ事故や福島原発事故による大気中のCs-137の測定結果についても、湖水のCs-137と同様の減衰過程をたどることを確認しています。このような減衰過程が偶然なのか系統的なものなのか、既存データの整理を通して明らかにしていきます。そして、今回開発した数理モデルを発展させ、大気圏と水圏の放射性物質濃度の経時変化を統一的に説明可能な数理モデルを構築することを目指していきます。
<参考図>
湖水中のCs-137の動きは複雑な物理・化学的な挙動や季節変動などの影響を受けます。このような現象を詳細にモデル化して湖全体を細かいメッシュ状に分割し、コンピュータシミュレーションをすることは短期の予測には向きますが、1万日にも及ぶ長期予測を数値計算で行うことはコンピューターのパワーの都合により不向きになります。そこで本研究では、湖水中のCs-137が湖水による循環や底泥での吸着・脱離を繰り返すことにより通常の拡散よりもゆっくりと拡散すると仮定し、簡単に長期予測ができるようにしました。
<用語解説>
注1)半減期
放射性核種(ここではCs-137)の個数が半分に減少する時間のこと。
注2)Cs-137
原子炉の中で核分裂によって多量に発生する放射性核種。この他にCs-134(半減期2年)があるが、Cs-137は半減期が30年と長いため、環境への影響に注意が必要である。
<研究資金>
本研究は、公益財団法人高橋産業経済研究財団(2020-115)の助成を受けて実施しました。
<掲載論文>
【題 名】 Long-term prediction of 137Cs in Lake Onuma on Mt. Akagi after the Fukushima accident using fractional diffusion model.
(フラクショナルな拡散モデルを用いた福島事故後の赤城大沼における137Csの長期予測)
【著者名】 Eiichi Suetomi1,Yuko Hatano1,2,Masakiyo Fujita3,Yukiko Okada4,Kyuma Suzuki5,Shun Watanabe5
1筑波大学システム情報系(Faculty of Engineering, Information and Systems, University of Tsukuba)
2筑波大学アイソトープ環境動態研究センター(Center for Research in Isotopes and Environmental Dynamics, University of Tsukuba)
3筑波大学大学院理工情報生命学術院システム情報工学研究群リスク・レジリエンス学位プログラム博士前期2年(Graduate School of Science and Technology, University of Tsukuba)
4東京都市大学原子力研究所(Atomic Energy Research Laboratory, Tokyo City University)
5群馬県水産試験場(Gunma Prefectural Fisheries Experiment Station)
【掲載誌】 Scientific Reports
【掲載日】 2021年10月13日
【DOI】 10.1038/s41598-021-99667-1
<問い合わせ先>
【研究に関すること】
羽田野 祐子(はたの ゆうこ)
筑波大学システム情報系/アイソトープ環境動態研究センター 教授
TEL: 029-853-5260
Email: hatano.yuko.gb@u.tsukuba.ac.jp
URL: https://www.risk.tsukuba.ac.jp/~hatanolab/
【取材・報道に関すること】
筑波大学広報室
TEL: 029-853-2040
E-mail: kohositu@un.tsukuba.ac.jp
東京都市大学企画・広報室(広報担当)
TEL:03-5707-0104(代)
E-mail: toshidai-pr@tcu.ac.jp
群馬水産試験場
TEL: 027-231-2803
E-mail: suishi@pref.gunma.lg.jp