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トピックス詳細(プレスリリース)
東京都市大学
東京都市大学(東京都世田谷区、学長:野城智也)理工学部 自然科学科の福田達哉教授らは、渓流沿い植物(※1)における水流ストレスの低減には葉の主要部分である葉身(ようしん)だけでなく、葉身と茎をつなぐ葉柄(ようへい)(※2)の形質も変化させてきた可能性を明らかにしました。
近年、地球温暖化による気候変動により、大雨や台風の発生数が増加傾向にあります。それに伴い、河川では水位の上昇時に自ら水流ストレスを低減し、生育することのできる「渓流沿い植物」の性質が注目されています。
同植物が持つ、水流ストレスを低減できる主な性質は、葉身が細くなる「狭葉化」(※3)と言われていますが、狭葉化だけで水流ストレスの低減を議論することは難しく、その他の器官の解析が求められていました。
今回検証した植物は、シダ植物の一種で渓流沿いに生育する「ヤシャゼンマイ」(※4)(図1A)です。内陸に生育する近縁種の「ゼンマイ」(※5)(図1B)と比較しながら力学的・解剖学的解析を行った結果、渓流沿い植物の葉柄の方が柔軟性に富み、水流ストレスを低減させるために進化してきたと考えられます。
今後は、他の植物についても近縁種で渓流沿いと内陸部で形態の違いを調査して結果を公開します。それを受け国内外で遺伝子レベルの研究が進められることも期待します 。なお、これらの研究成果は、科学雑誌『Scientific Reports』オンライン版にて、2月4日 に掲載されました。
本研究のポイント
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渓流沿い植物の見た目では判断しにくい葉柄が、実は柔軟性を獲得しており、増水時に渓流沿い植物が受ける水流ストレスを低減させる仕組みについて新たな発見となりました。
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この葉柄の柔軟性には、葉柄を構成する細胞のサイズの違いが関与していました。
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世界中には数多くの渓流沿い植物が生育しており、今後このような観点の研究が進んでいくと思われます。
概要
東京都市大学 理工学部 自然科学科の福田達哉教授と大学院 総合理工学研究科の柴政幸大学院生は、渓流沿い植物の葉柄が柔軟性に富むことを世界で初めて明らかにしました。本研究成果は、渓流沿い植物への分化に関して葉身だけでなく、葉柄も含めた地上部全体で考えることを可能にし、今後の種分化研究における新たな指針になると期待されます。
大雨や台風による突発的な増水は、河川沿いに生育する植物にとってのストレスとなります。そこで、そのストレスを低減して自生できるよう葉身が細くなる狭葉化した植物がそのような場所を占めることがあります。このような植物は一般的に渓流沿い植物と呼ばれ、植物の様々な系統において並行的に出現しています。ストレスを緩和するためには狭葉化以外の現象も生じると考えられます。
そこで本研究では狭葉化の他にストレスを低減させる仕組みとして新たに葉柄に着目しました。その対象としてシダ植物の一種で渓流沿いに生息するヤシャゼンマイを用いて力学的および比較解剖学的解析を行いました。力学的解析の結果、ヤシャゼンマイは近縁種でありヤシャゼンマイよりも内陸に生育するゼンマイより柔軟な葉柄を持つことが明らかとなりました。また比較解剖学的解析の結果から、ヤシャゼンマイの葉柄は表皮下の細胞体積が大きくなっており、これは葉柄が受ける力に対して長い支点間距離による大きな変位が可能となるため柔軟な葉柄となり、ヤシャゼンマイは狭葉化と葉柄の柔軟化によって水流ストレスを低減させていることが示されました。
今後、ヤシャゼンマイ以外の渓流沿い植物も同様の進化があったかのか調査も進める予定です。今回の報告を受け、国内外で遺伝子レベルの研究が進められることも期待します。
本研究は、科学雑誌『Scientific Reports』オンライン版にて、2月4日に掲載されました。
研究の背景
1度根付くとその場から動くことが出来ない植物は、多様な環境に適応するようにいろいろと形を変えて生育しています。例えば高山の場合、多くの植物が矮小化しているように、それが出来なかった植物は侵入を許さない環境となっています。同じように砂漠ではサボテンのように葉がトゲ化するといったそれぞれの環境には、その環境に適応するような共通の形態が見られる場合が多くあります。しかし元から小さい植物が高山ではさらに小さくなっているかというと必ずしもそうではない事例があり、注意深く見る必要があります。
河川沿いは、普段は穏やかな流れの川であっても、急な大雨や台風などにより増水した場合、その場所も一面水没することがあります。そのような水流によるストレスは河川沿いの植物に多くの被害をもたらすものの、植物の中には水流ストレスに対する回避や耐性を持つ植物が存在します。そのような植物の一部は渓流沿い植物と呼ばれ、これまでに多くの植物で葉身が細くなる狭葉化によって水流ストレスを低減させていることが知られていました。しかし地上部で受ける水流ストレスを狭葉化だけでストレス回避や耐性を議論することが難しく、狭葉化以外の形態的特徴について解析することが求められていました。
これまで植物の力学的計測は、農学分野で台風などの強い機械的ストレスに対して農作物が、どの程度の倒伏耐性を有しているのかを評価するために、引張圧縮試験機の中でも比較的容易な3点曲げ試験(※6)(図2)が用いられてきました。本研究ではこの3点曲げ試験を野外の植物に用いることで、植物の環境適応に力学的側面からアプローチすることを渓流沿い植物のヤシャゼンマイと近縁陸上種ゼンマイを用いて試みました。本研究ではこれらの地上部における主な支持器官である葉柄の力学的特性を3点曲げ試験を用いることで、材料の変形しにくさを示す“曲げ弾性率”と、材料が破壊に至るまでに受けられる最大荷重を示す“曲げ強度”、材料が破断するまでの変形した割合を示す“破断ひずみ”を解析および比較を行いました。
力学的結果においては、曲げ弾性率に関して統計学的な違いは認められなかったものの、曲げ強度と破断ひずみに関しては有意にヤシャゼンマイの方が大きいことが定量的に示されました(図3 )。この結果は、ヤシャゼンマイの葉柄がゼンマイのものに比べて強靭かつ柔軟性を獲得して、渓流沿いの水流ストレスを低減していることを明らかにしました。
この様な葉柄の力学的特性を可能にした背景を探る為に、葉柄における細胞形態の観察を行いました。その結果、植物の機械的強度を担う厚壁細胞のサイズがゼンマイに比べ有意に大きくなっていることが明らかになりました。この細胞の変化は、ヤシャゼンマイが受ける力に対して細胞の支点間距離を長くしていることを示しており、それがゼンマイよりも細胞の変位量を大きくすることが可能となり、器官レベルまで反映されていることを示しました。しかし、細胞が大きくなることは葉柄内の細胞壁量を低下させるために、葉柄が支持する葉身のサイズにも影響しますが、ヤシャゼンマイは狭葉化によって葉身を軽くしている為に、葉柄の細胞壁量が減っても葉身を支持できるだけの重さになっていると考える事ができます。本研究は、これまで「渓流沿い植物は河川の水流ストレスに対して、地上部の支持器官は強靭さや柔軟性を獲得している」という1981年にオランダの植物学者ファン・ステーニス(van Steenis)が提唱した仮説(※7)に対して、世界で初めて検証した研究であり、またその妥当性を証明するものとなりました。
研究の社会的貢献および今後の展開
これまでの渓流沿い植物への分化が狭葉化で説明されるものが多かったものの、本研究を基に葉柄や茎といった地上部の他の器官に関しての議論も可能であることを示しました。世界中にはまだまだ多くの渓流沿い植物が知られているために、本研究の方法をそれらの植物に導入することで、並行的に出現している渓流沿い植物への分化に関する相同性の議論が期待されます。また近年、モデル植物を中心とした機械的な振動に対する茎の変化に関与する遺伝学的研究結果が蓄積されつつあるために、具体的な遺伝子レベルの研究が期待されます。
補足
■論文情報
<タイトル>
Rheophytic Osmunda lancea (Osmundaceae) exhibits large flexibility in the petiole
<著者名>
Masayuki SHIBA, Tatsuya FUKUDA
<雑誌>
Scientific Reports
<DOI>
10.1038/s41598-024-53406-4
なお、本研究は科学研究費助成事業基盤研究(C)「同一の遺伝子が異なる環境への適応を可能にするのか?:渓流沿いと蛇紋岩地を例に(研究代表者:福田達哉)」の助成をうけて実施されました。
用語解説
(※1)渓流沿い植物
シダ植物から被子植物まで広い植物群において知られており、その多くの場合近縁で内陸に生育する植物と比較すると著しい狭葉化を示している。
(※2)葉柄(ようへい)
葉の一部で、葉の主要部である葉身(ようしん)と茎を連絡する柄(え)の部分。葉身をささえ、茎と葉身間の水分や養分の通路となる。植物の種類によっては葉柄が無い葉もある。
(※3)狭葉化
葉身の長さと葉の幅の両方が縮小した様相を「葉の縮小化」と呼ぶのに対し、長さよりも葉の幅の方が縮小した様相を「葉の狭葉化」と呼ぶ。
(※4)ヤシャゼンマイ(図1A)
ゼンマイ科に属する多年草のシダ植物であり、学名はOsmunda lancea。日本各地の河川の中流から上流域で見つけることができる。近年では生育地の破損や園芸用の採集が問題として挙げられることがある。地上部には茎が無く、また地下には地下茎があり、そこから早春に胞子葉と形成し、その後に栄養葉を展開させる。
(※5)ゼンマイ(図1B)
ゼンマイ科に属する多年草のシダ植物であり、学名はOsmunda japonica。日本各地の様々な場所で見つけることができるが、土壌が湿っているか水気がある場所のことが多い。春の若芽は山菜として食用とされる。ヤシャゼンマイと同様に地上部には茎が無く、また地下には地下茎があり、そこから早春に胞子葉と形成し、その後に栄養葉を展開させる。ヤシャゼンマイよりも大型に見える。
(※6)3点曲げ試験(図2)
供試体(ここでは茎や葉柄)を載せる2つの下部端子に対して任意の支点間距離を設定し、中央部に上部端子を等速で下降させ供試体の変位量に伴う荷重を計測する強度試験。
(※7)ファン・ステーニス(van Steenis)が提唱した仮説
Rheophytes of the World (Sijhoff and Noordhof, 1981).