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トピックス詳細(プレスリリース)
国立大学法人 信州大学
公益財団法人 山階鳥類研究所
東京都市大学
国立大学法人 弘前大学
信州大学理学部附属湖沼高地教育研究センター諏訪臨湖実験所の笠原里恵助教と、山階鳥類研究所の森本元研究員、東京都市大学環境学部の北村亘准教授、弘前大学農学生命科学部の東信行教授、日本鳥学会会員の今西貞夫らの共同研究グループは、内陸河川の砂礫地で繁殖する渡り鳥*1のコチドリ*2を対象に小型のGPS*3を装着して、長野県の千曲川から渡りを追跡し、翌年に戻ってくるまでの渡り経路、中継地、そして越冬地を明らかにすることに成功しました。コチドリはユーラシア大陸に広く分布する種ですが、本研究は、アジアの繁殖個体群を対象に渡り経路を明らかにした初めての研究です。結果として、日本で繁殖するコチドリの渡りにおいて重要な中継地が台湾であること、フィリピンの広い範囲で越冬すること、さらに、繁殖期以外は河川よりも水田を利用していることがみえてきました。
今回の発見は、世界的に減少傾向が報告されているシギ・チドリ類の渡りにおいて、これまで重視されてきた沿岸部だけではなく、内陸の水田などの環境に目を向ける必要性と、シギ・チドリ類の採食場所となる水田の維持が、将来的な個体群減少リスクの低下に貢献できることを示唆しています。
この研究成果は、3月5日付で、英国の科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。
ポイント
●日本の河川の砂礫地で繁殖するコチドリはユーラシア大陸に広く分布する種ですが、本研究では長野県で繁殖する集団を対象にして、アジアで初めて移動経路や越冬地を明らかにしました。
●小型 GPS に記録されたデータから、日本で繁殖するコチドリはフィリピンの広い範囲で越冬すること、春と秋の渡りの両方に共通して、台湾が重要な中継地であることが明らかになりました。
●渡り時期や越冬地での利用環境はおもに水田であり、これは日本での繁殖環境と大きく異なりました。日本の河川の砂礫地を維持すると同時に、渡り経路上や越冬地における水田の維持が、本種の将来的な減少リスクを低下させることに貢献すると考えられます。
●本研究の結果はコチドリに限らず内陸を移動するシギ・チドリ類に対する水田の重要性を示唆していると考えらます。
研究の背景
世界的に渡り鳥の減少が懸念されています。利用環境の減少や悪化は、数の減少や個体の生存率の低下につながる要因であり、長距離移動をする渡り鳥では、繁殖地、越冬地とともに 渡りの中継地を把握することが、包括的な利用環境の理解と種の存続のために重要です。
今回、私たちの研究グループでは、日本に春に渡ってきて、河川の砂礫地で繁殖するシギ・チドリ類の一種であるコチドリ(図1)を対象に、GPS を用いて年間の移動経路を把握することに挑戦しました。渡りにおいてシギ・チドリ類は、おおまかに浜辺などの沿岸の環境を利用する種類と内陸の水環境を利用する種類に分けられます。見通しがよく比較的調査がされやすい 沿岸部では、複数の種類の渡り経路や重要地域の知見が蓄積されていますが、内陸の水環境 を利用するシギ・チドリ類の渡り経路や利用環境は情報が少なく、知見の蓄積が喫緊の課題です。
コチドリは日本の環境省のレッドデータリストには掲載されておらず、幸いにもまだよく見られる種ですが、本種が繁殖に利用する河川の砂礫地は、植生遷移や外来植物の侵入などによって全国的に減少しており、将来的に個体数が減少するリスクを抱えています。この種の渡りを包括的に理解することは、将来的な減少リスクを低減し、日本の河川の生物多様性の維持に貢献出来ると同時に、これまで情報の少なかった内陸を移動する鳥類の利用環境の知見蓄積にもつながります。
研究紹介
2017 年に長野県を流れる千曲川の中流域で 19 個体のコチドリを捕獲し、4 日おきに位置情報を記録するように設定した GPS を装着しました。2018 年に千曲川に戻ってきた 6 個体を再捕獲し、GPS の回収に成功しました。
回収した GPS からコチドリたちの渡りが見えてきました(図 2)。秋の渡りでは、コチドリたちは日本の繁殖地を出発後、中国や台湾を経由してフィリピンに南下し、ルソン島からミンダナオ島まで、広い範囲で越冬していました。その移動距離は 3000~4000 ㎞でした。
春の渡りでは、フィリピンの越冬地を出発後、秋の渡りを逆になぞるように台湾 や中国を経由して日本に戻ってきました。渡りの際、台湾とフィリピンでは数週間滞在する個体もみられ、これらの地域が秋と春の両方の渡りに共通して重要な中継地であることが分かりました。
結果を見るまで、私たちは、コチドリは繁殖地のような環境、つまり内陸の河川を移動しながら渡っていくと予想していました。しかし、その予想は大きく裏切られました。得られた緯度経度情報と各国の土地利用図を重ね合わせたところ、最もよく利用された環境は水田でした(図3)。2018 年 11 月に台湾で土地利用の確認を行った際にも水田で姿を確認できました(図4)。亜熱帯や熱帯に位置する台湾やフィリピンでは、年間を通して複数回稲作を行っているため、コチドリたちも長期間にわたって採食に利用でき、渡りや繁殖後の換羽に費やすエネルギーを補充できると考えられます。言い換えると、日本を含めこれらの国々で、気候変化や農地転換などによって水田が減少すると、コチドリの渡りやその後の生存に大きな負の影響を与える可能性があります。
本研究の結果は、繁殖地としての日本の河川の砂礫地の維持と同時に、渡り経路上や越冬地における水田の維持によって、本種の将来的な個体群の減少リスクを軽減 できる可能性を示唆しています。水田の維持は、そこを利用するほかの種の保全にも貢献が期待できます。渡り鳥 の保全のためには、水田の利用状況に関わる知見を継続的に蓄積しながら、渡り経路上に位置する複数の国間で協力していくことが求められます。
用語説明
*1 渡り鳥: 冬のハクチョウや春のツバメなど、季節によって長距離を移動する鳥。多くの種は途中の中継地で休憩やエネルギー補充をしながら、ときに数千㎞にも及ぶ距離を移動する。
*2 コチドリ:チドリ目チドリ科に分類される、全長約 16 ㎝の小型の鳥類(学名 Charadrius dubius)。日本の大部分では、春に渡ってくる夏鳥で、北海道から九州までの広い地域で繁殖 する。全国的な砂礫地の減少による生息地の劣化や減少が懸念されている。
*3 GPS: 複数の GPS 衛星からの信号を受信してその時の位置情報(緯度経度)を算出する装置。本研究で用いた GPS はハーネス(鳥の体に固定するための紐)を含めても重さが1.3-1.4g と非常に小型。この GPS は本体を回収してデータ得る必要があり、本研究では翌年繁殖地に戻ってきた GPS 装着個体を再度捕獲した。
論文情報
・タイトル:“Rice fields along the East Asian–Australasian flyway are important habitats for an inland wader’s migration”
・著者:笠原里恵*1,2,3,森本元 4,北村亘 5,今西貞夫 6,東信行 3
*Corresponding author
1 信州大学理学部附属湖沼高地教育研究センター諏訪臨湖実験所
2 信州大学先鋭領域融合研究群山岳科学研究拠点
3 弘前大学農学生命科学部
4 山階鳥類研究所
5 東京都市大学環境学部
6 東京都八王子市
・掲載誌
Scientific Reports
https://www.nature.com/articles/s41598-020-60141-z
DOI https://doi.org/10.1038/s41598-020-60141-z
問い合わせ先
< 研究について >
■信州大学理学部附属湖沼高地教育研究センター諏訪臨湖実験所 助教 笠原 里恵(かさはら さとえ)
TEL:0266-52-1955 E-mail: sk_urume@shinshu-u.ac.jp
< 研究以外について:報道担当 >
■東京都市大学 企画・広報室
TEL:03-5707-0104(代) Email:toshidai-pr@tcu.ac.jp