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トピックス詳細(プレスリリース)
東京都市大学
東京都市大学(東京都世田谷区、学長:三木千壽)の情報工学部 情報科学科の陳 オリビア准教授らは、従来の100倍以上のエネルギー効率を達成するAIプロセッサ「SupeRBNN」を開発しました。
情報通信ネットワークの急速な発展とともに、パソコンやスマートフォンなどのデバイスは私たちの暮らしに欠かせないものとなっています。一方で、サーバーやネットワーク機器等が設置されているデータセンターは情報社会のインフラとして不可欠な存在でありながら、その電力消費は既に1台あたり100メガワット(MW)を超え、世界のエネルギー需要の約1〜2%を占める等、環境への負荷軽減が課題となっています。
今回開発したAIプロセッサは、超伝導デバイス固有の確率的動作を活かした計算モデルを策定し、それに適した回路設計やアーキテクチャの開発、アルゴリズムの最適化を行うことで、わずかなエネルギーで大量のデータを迅速かつ正確に処理することが可能です。
今後は、新たに開発したA Iプロセッサに量子計算機等の最新コンピューティング技術を融合させることより、科学的発見を加速し、気候変動予測、医薬品設計、脳機能マッピング、革新的なスマートマテリアルの開発などの新しい分野の開拓と新展開を目指します。
なお、本研究成果は、2023年10月30日にカナダのトロントで開催されたコンピュータアーキテクチャ分野の最高峰国際会議MICRO2023にて発表しました。
本研究のポイント
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世界最高のエネルギー効率を有するAI向け情報処理プロセッサを開発
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ハードウェアとアルゴリズムの協調によりポストムーア時代向けの設計手法を提案
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新しい超伝導コンピューティングの方向性を示す
概要
私たちの日常生活を支える人工知能(AI)技術の進歩が止まりません。一方、処理する情報量は増え続け、コンピュータの消費電力の増大と、その結果生じる二酸化炭素の大量排出が問題になっています。
この度、東京都市大学の陳オリビア准教授らと米国ノースイースタン大学のYanzhi Wang准教授らは、従来の100倍以上と、これまで国内外で開発された中で最も高いエネルギー効率のAI情報処理プロセッサ「SupeRBNN」(コード名)を開発しました。SupeRBNNは極めてエネルギー効率の高い断熱超伝導デバイスを使い、わずかなエネルギーで大量のデータを迅速かつ正確に処理することができます。地球温暖化という時代の緊急課題に応え、脱炭素社会構築への貢献が期待されています。
SupeRBNNは、バイナリニューラルネットワーク(※1)とインメモリ計算アーキテクチャ(※2)(図1)を断熱超伝導デバイス(※3)(図2)に導入することにより、10PetaOPS/W(1ワット当たり1京回演算)級の究極的計算効率を持つ機械学習向けハードウェアの実現を可能にしました。特に、従来の半導体メモリであるReRAM(※4)ベースのプロセッサと比較して、SupeRBNNは約7.8万倍のエネルギー効率を誇ります。また、既存の超伝導技術を使用したシステムと比較しても、少なくとも100倍以上のエネルギー効率の改善を実現できました(図3)。
従来の超伝導回路はほとんど演算レベルの実験的な試みにとどまっていました。しかし、当研究ではAIデータ処理という実用的な目標を掲げ、その技術をシステム全体に拡大適用し、超伝導コンピュータの新しい可能性を提示しました。特筆すべきは、超伝導デバイス固有の確率的動作を活かした計算モデルを策定し、それに適した回路設計、アーキテクチャ開発、そしてアルゴリズムの最適化を全面的に行った点です。これは国際的に見ても画期的なアプローチと評価されています。
ムーアの法則(※5)に代わる新たな技術革新の潮流が求められる今、SupeRBNNフレームワークはさらに、AIの学習プロセスを最適化し、同時に超伝導デバイスの性能限界を突破できるハードウェアアーキテクチャを提案することで、環境への負荷を最小限に抑えつつ、ポストムーア時代のAI性能を最大化に貢献しました。
なお、本研究成果は2023年10月30日にカナダのトロントで開催されたコンピュータアーキテクチャ分野の最高峰国際会議MICRO2023にて発表しました。
研究の背景
半導体技術からアプリケーション開発に至るまで、複雑な階層を形成する計算基盤は、過去50年以上にわたり現代の情報社会の経済を支える核心となってきました。この技術は、多岐にわたる産業や科学的探求、ヘルスケアなど社会の各面で大きな役割を果たしています。
一方で、ムーアの法則は依然として継続しているものの、今後10年以内にはデバイスの製造に関連するトポロジカルや電気的ないくつかの制約が顕在化し、最終的には物理的な限界に直面すると見られています。さらに、データセンターは情報社会のインフラとして不可欠な存在でありながら、その電力消費は既に1台あたり100メガワット(MW)を超え、これは小型の火力発電所1基分に相当し、世界のエネルギー需要の約1〜2%を占めている状況です。
JSTの低炭素社会戦略センター(LCS)の報告によれば、現在のCMOS(※6)計算基盤がノイマン型の設計(例えば、CPUやGPGPUなど)に依存し続ける場合、2050年までにはデータセンターの電力消費が利用可能な電力供給を超えるという予測が立てられています。このままでは、CMOS基盤を基にした技術の進化のみでは、大幅な計算性能の向上は望めず、AIやブロックチェーンを中心とした未来の持続可能な社会システムの構築は現実から遠ざかる恐れがあります。
よって、脱炭素社会の実現のため、従来の演算アルゴリズム、アーキテクチャ、デバイス・材料にとらわれない破壊的コンピューティング技術を探求する時期が来ています。
研究の社会的貢献および今後の展開
本研究で開発するA I情報処理プロセッサに加えて、量子計算機等の最新コンピューティング技術と融合することより、科学的発見を加速し、気候変動予測、医薬品設計、脳型機能マッピング、革新的なスマートマテリアルの開発などの新しい分野の開拓と新展開を目指します。
用語解説
※1 バイナリニューラルネットワーク:
ニューラルネットワークの重みと活性化関数をバイナリ値(-1または+1など)に制限することを意味します。このアプローチでは、伝統的なニューラルネットワークで使用される浮動小数点演算に比べて、計算が大幅に単純化されます。バイナリ値を使用することで、乗算演算がXNOR(排他的NOR)ビット演算に置き換えられ、加算演算はビットカウントに置き換えられます。
※2 インメモリ計算:
計算処理をメモリ内で行うことで、データの移動が少なく、高速かつ省エネルギーなデータ処理を可能にする技術です。特にAIアプリケーションにおいて、大量のデータ処理と迅速なアクセスが必要な場合に有効です。
※3 断熱超伝導デバイス:
「Adiabatic Quantum-Flux-Parametron (AQFP)」とも呼ばれ、極めて低いエネルギー消費で動作する超伝導電子デバイスです。この技術は、通常の超伝導論理デバイスよりもさらにエネルギー効率が良いとされています。
※4 ReRAM:
Resistive Random Access Memoryの略で、日本語では抵抗変化式ランダム・アクセス・メモリ。電圧を加えると電気抵抗の値が変化する金属酸化物の素子を利用してデータを保持する方式の不揮発性メモリ
※5 ムーアの法則:
米インテルの共同創業者の一人であるゴードン・ムーア氏が1965年に発表した半導体技術の進歩についての経験則。「半導体回路の集積密度は1年半~2年で2倍となる」という法則。
※6 CMOS:
Complementary Metal Oxide Semiconductorの略で、日本語では相補性金属酸化膜半導体。大規模集積回路(LSI)の実装方式のひとつで、スーパーコンピュータなどに利用される回路と比較して消費電力が低くて発熱も少ない。パソコン用の演算素子やメモリ、デジタルカメラの撮像素子などに利用されている。さまざまな製品の製造ラインを共通化でき、量産コストを抑えられる。
共同研究者
東京都市大学 情報工学部 陳オリビア 准教授(責任著者)
米ノースイースタン大学 電気電子情報工学科 Yanzhi Wang 准教授
<取材申し込み先>
大学運営課(広報担当)(E-mail:toshidai-pr@tcu.ac.jp)